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ニシキドアヤトのブログ

日記だったりなんだったり、いろいろ実験的な雑記ブログです

「死にたいな」と思ったので、全部捨ててブログはじめました。

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初めまして、ニシキドアヤトです。(メガネじゃない方です)

今食べたい麻婆豆腐の色で失礼します。

この度、ブログを開設してみる事にしました。

理由としては、タイトルにもある通り「死にたいな」って思ったからです。

 

ちょっと話がぶっ飛びすぎてるんですが、ちゃんと説明させていただきますので、その怒りに任せて振り上げた拳をどうかポッケにお納めください。

 

何の根拠もない自信だけで生きてきた学生時代

僕は自分で言うのもなんですが、とりあえずやってみればそこそこ出来てしまう人間でした。
スポーツや遊び、興味のある事ならすぐに吸収して、平均より出来てしまう自分が大好きで、自分は特別な人間なのだと勝手に思い込んでいたんです。(好きなキャンディはもちろんヴェルタースオリジナルでした)

 

勉強はからっきしでしたが、それは

「興味がないから」

「興味を持てばすぐに周りに追いつくことが出来る」

「というか、勉強なんか出来ても社会に出てから役に立たんやろ」

と、完全に社会を舐め腐ってましたね。

学年を重ね、小学生、中学生、高校生へ。
高校へ上がる頃にはパソコンという魔の時間喰い虫まで手にいれ、ついに

  • ゲーム
  • アニメ
  • マンガ
  • ネット

という学生の娯楽オールスターに明け暮れる日々でした。

学年が進むにつれ、周りとの勉学の差は開くばかり。

内心での焦りはあったものの、好きな事を最優先にしてきた僕は、それでも娯楽ばかりに勤しんでいて、自宅で勉強なんてしたこともありませんでした。マジで

勉強をしている友達を見ては「こんな楽しいこと(ゲームやアニメ)があるのに勉強に時間を使うなんてもったいないな」って思ってました。

今思えば、必死に自分を正当化して、向き合わなければいけない事からただ逃げていただけでしたね。

というか、ポケモンのイワヤマトンネルをフラッシュなしで、トレーナーを避けながら突破出来ていた記憶力がなんで勉強で活かされないんだ?バグかよ

 

高校を卒業後、家電量販店チェーンへ就職

接客業のバイトをしていたこともあり、その経験を活かせるような仕事をしたいな~と、知能3くらいの考えで大手家電量販店チェーンを志望。

全く予行練習もせずに面接に挑みました。

面接官の店長が実家のめちゃくちゃ近所に住んでいて、地元トークで盛り上がっているうちに面接が終了するという奇跡と、高校で唯一成し遂げた無遅刻無欠席という武器のおかげで、すんなりと内定を頂き「俺の人生って案外順調に進んでいるのでは?」と調子付くニシキドアヤト。

配属先も家から一番近い店舗で、人間関係にも恵まれ、接客は嫌いではなかったので何の不自由もなく約7年勤めました。

 

自分の市場価値を上げる為、上京

量販店に就職して、7年目の冬。
当時、自己啓発本にハマっていた僕は、影響されやすいという性格もあり

「俺も東京で一花咲かせなきゃ!(使命感)」

と、自分の市場価値(笑)を上げたい欲に憑りつかれ急に上京を決意。

「東京でも自分はやっていける」
20代は命を削って働いて年収を上げて、豊かな30代を迎えるんや!」

本気でそう思っていました。
決意した翌月には東京の求人広告代理店へ面接。

正直面接の際になにを話していたかは忘れたんですけど、とりあえず見事内定をいただいて、晴れて東京での一人暮らしをはじめました。
「1千万プレイヤーになりまぁす!」みたいなことを言ってた気がします)

求人広告代理店を選んだ当時の理由としては、接客のスキルを活かせそうな営業職で、人事や中小の社長さんとやりとりができて、刺激がありそうだったから。(この判断は間違えていなかった)

初めての営業職だったけれど、求めていた刺激もあったり、初めての一人暮らしに浮かれ、この時は楽しく過ごしていましたね~。

求人広告営業の仕事はめちゃくちゃざっくり言うと

  1. 「そろそろ人員を増加しようかな?」と考えている企業に対して「求人広告はいかがっすか~?マイナビ転職、@type、DODA、その他諸々取り揃えておりま~す」とご案内する営業業務(電話でアポをとり、訪問)
  2. 求人広告を出していただける企業に対して、どうすれば希望通りの人材が応募してくれるかをアドバイスするコンサルタント業務

主にこの2点です。(ざっくりの極み)

 

上京して半年で転職

いや、ちょっと待って。

「こいつ早々にリタイアしてんじゃねぇか。根性なしが。殺すぞ

みたいな目で見ないで。

理由、ちゃんとした理由があるから聞いて?お願い。

 

求人広告営業としてそこそこの成績も出しつつ、楽しく仕事をしていく中で、あるクライアントから「求人の件で相談がある」とお呼び出しが。
訪問し、話を伺うと「うちで一緒に働かない?」とお誘いをいただきました。

こういう事って今までも結構あって、クライアントの相談に乗っていると、「もうYOUがウチに来ちゃいなYO」っていう話によくなるんですよね。

そりゃ会社の求める人材や仕事内容にも精通していて、求人広告にも詳しい人がいれば企業としても欲しいですよね(エンジニアとか技術職などは除いて)

基本的にはこういったお話はお断りしていたんですが、お誘い頂いた社長とは個人的に数年前から交友があり、尊敬していた方で「この人と一緒に働きたい…!」と強く思い、その翌日には求人広告の会社には退職の意を伝えました。

正直めちゃくちゃ怒られた。めちゃくちゃ。

 

まぁ昨日まで「やってやりますよ!俺、やってやりますよ!!ヒューー!!」みたいな事言ってた奴が、翌日には「辞めます…」とか言い出したら僕でも何言ってんだこいつ?ってなるわ。何言ってんだこいつ?

 

・・・おや!? ニシキドアヤトの ようすが・・・!

すったもんだありまして、ITベンチャーへ転職。

ここでの仕事内容は架電(電話)での新規開拓営業。

それ以外にもカスタマー対応やメール対応等々、ベンチャー企業らしく、とても裁量の大きい仕事。

「前の営業でも結果出てたし、まぁ大丈夫やろ」くらいに考えてたんですが、そんなクソ甘い考えは一瞬で打ち砕かれることに。

今まではアポを取って商談まで持ち込めれば、自慢の人懐っこさやコミュニケーション力でなんとかなってたんですが、今回の仕事は最初から最後(契約)まで全て電話での営業。

これまでに培ったスキルがほとんど役に立たないばかりか、僕の声は

 

甲高い(電話だとキンキンすると言われる)

どもる

滑舌悪い

早口

 

という電話営業に向かない特徴のロイヤルストレートフラッシュ状態だったんですよね。ウケる。

なんてウケている場合でもなく、縁故採用(企業やその経営者と繋がりがある人を採用すること)で入った以上、結果を出さなければ・・・!
という焦りもあり、寝ても覚めても休みの日も仕事のことを考てしまうように。

 

そんな毎日を3ヶ月ほど続けていると、あらゆる余裕がなくなっていきます。
心が休まることはなく、誰かと遊んでいても上の空で、頭をよぎるのは仕事のことばかり。
次第に食欲なども少しずつ無くなり、過眠気味になり、仕事以外の時間はほとんど寝ているような状態になっていく自分。
それでも
「大丈夫、大丈夫、苦しいのは今だけ」
「上手く仕事が回り始めれば、楽しくなる」
そう自分に言い聞かせながら、毎朝すくみ上る足を、仕事のことを考えるだけで催す吐き気をなんとか抑えながら通勤していました。

「あと何十年もこんな生活をするのなら、未来に価値なんてない。もう死にたい。

そんな思いが頭を駆け巡っていました。

 

どんな自分でも受け止めてくれる家族の有り難み

 

ある日の仕事の帰り道、急に「もう駄目だ」と、気付けば家族(母と姉)に電話していました。

母と姉は、咽び泣きながら、言葉にならない言葉を発しながら電話してきた僕にびっくりしつつも、しっかりと話を聞いてくれ、優しくこう言ってくれました。

 

「頑張ったなぁ、限界やったら帰ってきたらええ。帰る場所はここにある。仕事なんかいくらでもある。最近のあんたは生き急いでるように見えてた。帰ってきてゆっくり次になにをするか考えたらええよ。」

 

東京でひとりぼっちだった僕に、優しくかけられたその言葉が本当に嬉しかった。

東京にカッコつけて来た手前、弱い部分は見せられない、そう思い込んで周りに壁を作っていた自分。

その壁はいつの間にか親しい友人や、家族にまでも張ってしまってたんですね。

心配させたくない

恥をかきたくない

東京に来た事が失敗だと思われたくない

足掻いているところを見せたくない

いろんな思いがグチャグチャになって、自分自身が分からなくなってしまって「東京で楽しくやっている自分」を一生懸命演じていたんです。

本当は、東京に来た時から消耗していく自分に気が付いていて、それでも悔しいから気付かないフリをしていました。

 

家族との通話の後、僕は仕事を辞め、大阪に帰る事を決めました。

 

東京で消耗していた自分は死んだ。もういない。

急にグレンラガンネタで「なんだなんだ」となったかと思います。大変申し訳ございません。

すったもんだありまして(すったもんだの中でも、結構なレベルのすったもんだ)

心療内科で診断書を書いてもらい、なんとか仕事を退職し、僕は大阪に帰って来ました。

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↑大阪に帰る当日、空っぽになった部屋ではしゃぐ僕(症状は大分落ち着いた)

 

新しい職も何も決めていません。

でも、気分はとても晴れやかです。

それは「一回死にたいと本気で思った。ここは自分の人生のドン底だ。恥もかいた。もう別にカッコつけようとも思わない。だからこれからは自由に生きよう」と決めたから。

 

今まで僕は、社会が敷いたレールの上を、ただひたすらに、闇雲に走っているだけでした。

学校を出れば当たり前のように就職し、決められた時間を働き、決められた日に出勤し、休む。

誰かに管理される生活は楽です。

僕みたいな面倒臭さがりの化身にはとても魅力的です。

だけど「一生こういう生活なのか」と、「これで自分の人生いいのか」と疑ってしまった瞬間から、目の前に敷かれたピカピカのレールが、前方以外全てを封鎖された見せかけだけのモノに、僕は見えてしまうようになっていたんです。

 

まぁいろいろ言葉を並べてますけど、要するに「レールからは脱線しちゃったし、しばらくはこのまま突っ走ってみよっかな〜」って感じですね。

 

なんでブログなのか?

じゃあなんでブログなのか?と聞かれると、とりあえずやってみたかった 。

これに尽きます。ホント。

 ブログをすることによって、文章力の向上だったり、その時思った事を書き記しておくことによって、自分の考え方の変化だったりを記録として残しておきたいな〜って考えてます。

あとはこれまでずっと受け取る側だったので、発信する側に立ったり、自ら能動的に動いて、いろいろやって行きたいですね〜。

あとはこれからやっていくうちに理由を探していきますね?それでいいですよ、もう。

というわけで、長くなりましたが(4500文字くらい)これからブログを頑張っていきたいと思います。

 

ニシキドアヤトでした。

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