どうも、ニシキドアヤトです。
突然ですが、みなさんは「名探偵コナン」を知っていますか?
今頃みなさんの頭の中に「愚問」という文字が浮かんでいるかと思います。
それほどまでに有名な作品ですが、一応紹介させていただきますと「名探偵コナン」は週刊少年サンデー(小学館)で連載中の国民的な人気を誇る推理マンガです。
主人公の高校生探偵・工藤新一が謎の組織によって幼児化させられてしまい、江戸川コナンとして謎の組織を追いながら、さまざまな事件に遭遇・解決していくストーリー。2017年には1000話を突破し、コミックスは2019年2月末時点で95巻も発売されているなど、その勢いはとどまることを知りません。
もちろん僕も大好きな作品なのですが、コナンを読んでいて、ふとひとつの疑問が浮かび上がってきました。
それは……
これです。
説明しますと、コナンは天才的な名探偵ですが、謎の組織から身を隠すために、工藤新一本人だということを周りに隠しています。小学生の姿で推理なんかしては、みんなに怪しまれてしまうわけです。
「蘭…ヨードチンキだ…」
※どうしてもこのシーンを再現したくて模写してみました。
そのため、コナンの協力者である阿笠博士が開発した「時計型麻酔銃」で、ヒロインの父であり探偵である毛利小五郎を眠らせ、これまた阿笠博士が開発した「蝶ネクタイ型変声機」を使って、毛利小五郎として推理を披露しているのです。
このパターンで何度も事件を解決するうちに、毛利小五郎は眠っているような恰好で事件を推理する「眠りの小五郎」として有名になっていきます。本当に寝てるだけなのに。
そして、ここからが本題です。
コナンが使用する麻酔銃ですが、とんでもない効き目のようで、撃たれた小五郎は一瞬にして眠りに落ちています。
これはアニメスペシャルでコナンが発言していたのですが、どうやらこの麻酔、「ゾウでも30分は寝ている」ほど強力なようです。そんなこと、ある?
そんな強力な麻酔、あんなにバンバン打っちゃっても大丈夫なの?
中毒とかにならないの??
というか、死ぬのでは???
コナンは現在95巻も発売しているにもかかわらず、作中の時間経過は約半年ほどとのこと。
この半年の間に、何回打たれてるんだ……?
▲全94巻。95巻は検証中に発売されたので写真にはありません。
気になって気になって仕方がない僕は、現在発売されている名探偵コナン全95巻を読破し、これまで小五郎が何回麻酔銃で撃たれたのかを数えてみることにしました。
コナンを全巻読んで、小五郎が何回麻酔を撃たれているか調べてみる
というわけで早速読みはじめたのですが……
記念すべき1発目は灰皿を頭にブチ当てられていました。
めちゃくちゃ笑える。これ、死ぬのでは?
気を取り直してドンドン読み進み、麻酔銃で撃つ描写のあるシーンをノートに記録していきます。
こんな感じで、「何巻の、何ページで、誰が、何回目に、どこを撃たれたのか」を記録していきます。※字の綺麗さが終わっているのは、本当に申し訳ありません。
「ふにゃ…」と書いてるのは小五郎が眠る直前に放つ言葉で、今回の企画とは全く関係ないですが......
20巻くらいから「らりゃ」「へぴょ」など急に言葉のレパートリーが増えて面白かったので記録しています。
こうしてひたすら麻酔銃で撃たれる回数を数えて数日、ついに全巻を読み終えることができました!!
ちなみに麻酔銃の餌食になるのは小五郎だけではなく、たま~~にヒロインの親友である園子や警察の山村警部も撃たれたりしているので、そちらもカウントしておきました。
気になる結果は……。
【結果】
毛利小五郎:50回
鈴木園子 :9回
山村警部 :3回
コナン :1回
やはり毛利小五郎が単独首位でフィニッシュ!
てっきり3,000回くらい打たれてるのかと思ったので若干拍子抜けしましたが、約半年の間に50回ということは、週に2~3本のペースで麻酔銃を撃たれていることになります。すんごいハイペース。
(ちなみにコナンの1回は黒の組織のベルモットに逆に撃たれてました)
さぁ、ここまでデータは揃ったのですが、僕の麻酔に対する浅い知見では「半年の間にこれだけ刺されてたら多分死ぬのでは……?」くらいの答えしか出せません。
できれば麻酔に詳しい先生なんかにお話を伺えればな……とは思うのですが、いきなりこんな訳の分からない話を聞いてくれる麻酔科医の先生なんて、いるわけないですよね……。
いた。いました。
今回お話しを伺うのは、麻酔科医の松本克平先生です!
松本克平
1955年、東京都出身。82年、埼玉医科大学を卒業後、東京女子医科大学麻酔科入局。米・クリーブランドクリニック・スカラシップ、ボリビア・クリスティアーナ大学医学部准教授などを経て、帰国後は東大和病院副院長、朝霞台中央総合病院周術期管理センタ―長などを歴任。現在、東京女子医科大学非常勤講師、日本麻酔科学会指導医。医学博士。さらに、マンガ「麻酔科医ハナ」にて、監修も務めている。
ズラーっと経歴を書かせていただきましたが、とりあえず麻酔にめっっっちゃんこ詳しい人ということです。この人なら、小五郎がどんな酷い状況になっているか教えてくれるはず!
麻酔科の先生に聞いてみた
「先生、今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。」
「さっそく先生にお聞きしたいんですが、象でも30分は寝ているほど強力な麻酔があるとしまして」
「はい」
「そんな麻酔を約半年間、週に2~3本のペースで打たれた場合、その人間ってどうなってしまうんですか?」
「え?」
「どうなるってそりゃあ……まぁ結果的に言ってしまうと……」
「死にますわな」
「やっぱり死んじゃうんだ」
「ええ、死にますわな」
やはり死んでしまうようです。
取材開始1分で今回の目的は果たしてしまったのですが、せっかくなので先生にいろいろお話を伺ってみたいと思います。
「今回、先生をお呼びした理由なんですが、「名探偵コナン」の作中に毛利小五郎というキャラが出てくるじゃないですか」
「ええ、知ってますよ。コナンが麻酔銃で撃って寝かせて、「眠りの小五郎」になるんですよね」
「そうです。その小五郎に向けてコナンが発射している麻酔針なんですけど、実はその麻酔が『ゾウでも30分寝ているほど強力な麻酔』なんですよ」
爆笑する先生
「あれってそんなに強力なんだ」
「ちなみに、麻酔銃にはどんな麻酔薬が用いられているんですか?」
「長い間「ケタミン」っていう麻酔薬が使用されてたんだけど、いまは麻薬指定されているみたいですね」
「なるほど、ではそのケタミンだと、象を眠らせるにはどのくらいの量が必要になるんでしょうか」
「もし成人男性をそれで30分ほど眠らせるとなると、10ccくらいは必要になってくる。ので、成人男性が60kg、ゾウはアジアゾウで6トンとすると、単純計算で約1リットルは必要になりますね」
「1リットル!!」
「ちなみにケタミンを1リットル注射したら、毛利小五郎はどうなってしまうんですか?」
「死にますわな」
「やっぱり死んじゃうんだ」
「死にます」
「加えて言うと、この時計型麻酔銃から発射されてる針。これ、たぶん体内に留まっちゃってますよね」
「あ、たしかに」
「麻酔で死ななくても、現在小五郎の体内には50本の麻酔針が刺さったハリネズミ状態になってしまっているんです」
「めちゃくちゃ笑ってしまう」
「そのどれかが血流に入って肝動脈とか心臓とか頭の中にいっちゃったらもうアウトです。『眠りの小五郎』が永遠の眠りにつくかたちになりますね」
「麻酔に関係なく、小五郎はいつ死んでもおかしくない状態というわけか……」
「ちなみに、コナンの麻酔銃だけではなく、他にも薬で相手を眠らせる描写ってよくありますよね。クロロホルムを染み込ませたハンカチを嗅がせて眠らせる、みたいな」
「あ~、ありますね。でも、あんなのではまず寝ないですよ」
「え、寝ないんですかあれって……!」
「いや~、せいぜい吐き気か頭痛くらいですね。そもそも刺激が強いので、むせまくると思いますよ。タオルとかにびしゃびしゃに浸して、それを鼻と口に突っ込んで何分も放置すれば、もしかしたら寝るかもしれませんね」
「マンガとかドラマとかでは、あんなに一瞬で寝てるのに……」
「この話を聞くとみんなガッカリしちゃうんですよね」
「たしかに……。今後マンガとかドラマとかでそういう描写を見たら、完全に冷めた目で見ちゃいますね」
「そこまで底なしにガッカリされてしまうと……。なんかごめんなさいね」
麻酔科医のお仕事
「そもそも、麻酔科医のお仕事って、どんなものなんでしょうか?」
「これはよく聞かれますね。実は、麻酔科医は手術中にやることがすごく多いんですよ」
「そうなんですか? 麻酔を打って眠らせたら「はい。じゃあ手術終わって目覚めるまでポテチでも食って待ちましょう」とかじゃないんですか?」
「違うんですよ。コナンの麻酔はどうかは知りませんが、通常、麻酔っていうのは眠らせるだけじゃなくて痛みもとらないといけない。なので鎮痛剤を使うんですね」
「ほうほう......」
「眠らせるのが鎮静剤。痛みを取るのが鎮痛剤。それともうひとつ、例えばお腹を切る手術中に患者が動いたり呼吸をしたりしてたら、邪魔で正確な執刀ができませんよね?」
「たしかに」
「なので、呼吸も止めちゃいます」
「え! 呼吸まで止めちゃってるんですか?!」
「はい。筋弛緩薬というのを使用して止めます。邪魔なので」
「その間、患者さんはどうなってるんですか?」
「もちろんそのままではなくて、気管に管を入れて人工呼吸器で呼吸させています。なので全身麻酔を受けている人っていうのは、何もできないどころか血圧や呼吸なんかを全部麻酔科医がコントロールしている状態なんですね」
「そうだったのか......」
「心臓手術のときは心臓まで止めてしまうので、術中はずっと付きっきりですね」
「麻酔科医、めちゃくちゃ大変じゃないですか……」
麻酔科医はヒーローになり得ない
「先生はマンガ「麻酔科医ハナ」の監修もされてますよね。あれはどういう流れで監修することになったんですか?」
「ニシキドさんが麻酔科医についてご存知なかったように、ほとんどの人が、麻酔科医の仕事を知らないんですよね。『なにをやっているか』どころか存在自体を認識されてないってこともちょくちょくありまして」
「たしかに......」
「あまりに知られていないので、どうやったら知ってもらえるかっていう話をいろんなところで話してたら、マンガ家さんと組んで麻酔科医のマンガを描こう。というかたちになったんですよね」
「外科医のマンガはブラックジャックをはじめたくさんありますが、麻酔科医のマンガはなかったんですね」
「そうなんです。ただ、麻酔科医ってヒーローにはなり得ないんですよ」
「といいますと?」
「簡単にいうと『できて当たり前の世界』なんです。さきほど話した麻酔科医の仕事、呼吸止めたり心臓を止めたり、一つ二つミスしたらそれがそのまま患者さんの死に直結してしまうんです」
「なるほど.....」
「やってることはとても大事なことだけど、地味なんです。それに患者さんも術中は寝てますしね。術前に少し説明して、術後に様子を確認して。患者さんと接するのもその部分だけということもあって、あまり知られていないんですよ」
「手術中に執刀医が安心してオペに集中できるのも、麻酔科医のおかげなんですね!」
結局のところ
「『小五郎がヤバいのでは?』という話からだいぶ逸れてしまいましたが、麻酔とは? 麻酔科医とは? という知らないお話がたくさん聞けて、とても楽しかったです」
「そういってもらえると嬉しいですね。まぁ、麻酔銃の描写で一瞬で寝ちゃうっていうのはやっぱりフィクションですよ。そもそもあんな小さい針にそこまで麻酔薬も入れられないですしね」
「たしかに」
「あれだけのごく少量の麻酔で、即効性もあって副作用もない。中毒性もない。そして発射された針は体内に吸収されて無害。なんて、僕たち麻酔科医からしたら今すぐにでも使いたいぐらいの、まさに夢のような薬です」
「阿笠博士の一番の発明は、蝶ネクタイ型変声機でも、キック力増強シューズでも、ターボエンジン付きスケートボートでもなく、この麻酔なのかもしれませんね」
「完全に上手いことまとめられてしまった。先生、今日は本当にありがとうございました!」
最後に
というわけで、麻酔について詳しい方にお話しをうかがったところ、「ゾウでも30分は寝てしまう強力な麻酔を約半年間、週に3~4本打たれている毛利小五郎は現実的に考えると死ぬ」ということが分かりました。
正直、コナンを全巻読みながらチェックしているときは「なんでこんなことしてるんだ……?」と10回くらい我に返りそうになりましたが、作品自体のおもしろさに助けられました。
そして今回、僕が名探偵コナン全95巻のうち、「誰が何巻何ページでどこを何回麻酔銃で撃たれ、そのときにどんな声を上げて寝たか」というマジのマジで誰も得しないExcelデータを作成しましたので、こちらで配布させていただきます。
僕はもう完全に疲れたので、95巻以降はこれを受け取ったあなたが僕の意思を受け継いでいただけるとうれしいです。
最後に、今回の結論を書いてお別れしましょう。
現場からは以上です。
さようなら。
ニシキドアヤトでした。
※こちらの記事は2019/02/25、「フミナーズ」に寄稿し公開された記事ですが、サイト閉鎖に伴い、許可をいただき再公開させていだいております。